サントリーは相続税対策をしているのか ― 「創業家ガバナンス」を設計する企業

サントリーは相続税対策をしているのか
― 「創業家ガバナンス」を設計する企業
※本稿は、サントリーグループの公開資料(有価証券報告書、親会社等状況報告書、法人登記簿等)をもとに整理・考察したものです。
最近、サントリーの資本構成を調べる機会がありました。
当初の関心は単純でした。
「サントリーのような巨大な非上場企業は、相続税対策をどのように行っているのだろうか。」
ところが、公開資料を一つひとつ確認していくと、この問い自体が少し違うことに気づきました。
サントリーが設計しているのは、単なる相続税対策ではありません。
創業家ガバナンスそのものではないかということです。
サントリーHDの所有構造
サントリーホールディングスは現在も非上場企業です。
2025年12月末時点では、サントリーHD株式の89.50%を寿不動産株式会社が保有しています。
一方、寿不動産の株主構成を見ると、
-
一般社団法人「寿の会」 72.36%
-
サントリー芸術財団 13.81%
-
サントリー文化財団 9.21%
-
サントリー生命科学財団 4.60%
となっています。
つまり、所有構造は概ね次のようになります。
一般社団法人「寿の会」
+
公益財団法人等
↓
寿不動産株式会社
↓
サントリーホールディングス
↓
事業会社・上場子会社
寿不動産はサントリーHDを所有する持株会社であり、その寿不動産を一般社団法人と公益財団法人が保有する構造です。
最も驚いたのは「寿の会」の設立目的
一般社団法人「寿の会」は2025年12月19日に設立されました。
登記簿には、その目的として次のように記載されています。
「寿不動産株式会社の創業ファミリーを委託者、この法人を受託者とし、寿不動産株式会社の株式を信託財産とする信託を受託し、株式の安全・安心な承継と『寿の会』の円滑な運営を図る。」
また、この法人が行う事業は、
-
株式の管理
-
配当金の受領と分配
-
議決権その他株主権の行使
に限定されています。
一般社団法人としては極めて特徴的です。
創業家株式を管理・承継するための組織であることが、登記簿から読み取れます。
承継を前提とした資本構成
寿不動産の登記簿を見ると、2010年には取得条項付種類株式と完全無議決権種類株式を導入しています。
さらに、取得条項には公益財団法人への譲渡を前提とした規定も設けられています。
株式の承継や支配権の維持を意識した制度設計が、かなり以前から行われていたことが分かります。
資本構成を時系列で見る
公開情報を整理すると、サントリーでは次のような資本構成の変化が確認できます。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1956 | 寿不動産設立 |
| 2009 | 持株会社体制へ移行 |
| 2010 | 種類株式導入 |
| 2013 | サントリー食品インターナショナル上場 |
| 2014 | Beam社買収 |
| 2025 | 一般社団法人「寿の会」設立 |
こうして並べてみると、
-
持株会社化
-
種類株式の導入
-
上場子会社による資金調達
-
一般社団法人と信託を活用した承継
という一つひとつの施策が、独立したものではなく、長期的な資本構成の設計としてつながっているように見えます。
「相続税対策」だけでは説明できない
もちろん、こうした仕組みには相続や税務上の効果もあるでしょう。
しかし、今回の調査で最も印象に残ったのは、「寿の会」の目的に
「株式の安全・安心な承継」
と明記されていたことです。
そこには「節税」という言葉はありません。
公開資料から読み取れるのは、サントリーが設計しているのは税制への対応だけではなく、創業家による所有・支配・承継を長期的に安定させるためのガバナンスの仕組みだということです。
経営者へのメッセージ
多くの経営者は、事業戦略については真剣に議論します。
しかし、自社の資本構成を経営戦略として考えている経営者は、それほど多くありません。
上場するのか。
非上場を維持するのか。
創業家で所有し続けるのか。
持株会社を活用するのか。
子会社を上場させるのか。
社債や借入をどのように活用するのか。
事業承継をどのように設計するのか。
これらはすべて、企業価値や事業承継、さらには企業の100年後を左右する重要な経営判断です。
今回の調査で印象的だったのは、サントリーが「相続税対策」を目的として制度を組み合わせたというよりも、創業家ガバナンスを維持するために資本構成そのものを設計しているように見えたことでした。
公開情報だけでも、
-
一般社団法人
-
公益財団法人
-
信託
-
持株会社
-
種類株式
-
上場子会社
-
社債・借入
が一つの思想のもとで組み合わされていることが読み取れます。
資本構成は、単なる財務や税務の問題ではありません。
資本構成も経営戦略である。
サントリーの事例は、そのことを改めて考えさせてくれる、非常に示唆に富むケースでした。
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